電話が嫌い。だと、思い込んでいた

※noteにも掲載したエッセイです。

別居している母親から突然来る、電話。
仕事中でも構わず着信が続き、履歴には母親の名前が画面いっぱいに並ぶ。

そんな私は、電話が大嫌いだった。

私は作業療法士という、リハビリの仕事をしている。
その中でも訪問リハビリという形態に従じており、困っている利用者様のお宅へ伺い、少しでも体や生活が楽になるようお手伝いする仕事だ。

単純にそれだけやればいいってものでも無い。
リハビリを提供して、どのように体や生活が変わったかを医師や他事業所へ報告書類を提出しなければいけないし、また本人や家族に対して、来月はどのようにリハビリを提供するかを説明した、計画書も作成する。

いろいろなタイプのセラピストがいるが、私は書類の作成はそこまで苦では無い。どんなジャンルの文章も、書くことが大好きでたまらないからだ。

ただ・・・・電話だけは、ほんっとうに苦手で。

冒頭に記した過去が積み重なった結果であることは勿論ながら、急に人の時間を奪う行為が嫌いだ。
人の都合などお構いなしに、着信があったら「でなければ」という焦燥にかられる。

そしてここだけの話だが、仕事上、関わらなければならないものの、苦手な人間だって複数人存在する。
緊急で電話をしなければいけない時は、唇をかみちぎりそうになりながら、番号をタップする。苦手な電話に、苦手な人。ダブルコンボだ。
声を聞いて、顔も見えてないのにぺこぺこと頭を下げて、胃痛がするところまでがセット。

そんな日を過ごしていた、とある日。
いつものように胃痛を抱えながら、苦手な電話対応をした直後、今度は違う着信。

「今度はなに・・・あぁ、Aさんか」

液晶画面に出ていたのは、私が好ましく思っているスタッフの名前。
その時は特に電話への嫌悪感も無く、通話ボタンをタップしながら、対応していく。

Aさんは、いつも声が明るく、事務所で会うとにこにこしながら挨拶をしている印象だった。
そして頭を下げる回数がやたら多く、個人的には好ましい印象・・・と同時に、ちょっと愛想ふりまきすぎじゃない?なんて斜に構えていた相手。

ただふと、このとき思った。
つい数秒前まで胃痛がしていたのに、今はAさんの声を聞いて、とてもほっとしている。
電話の内容も仕事の業務連絡で、特別嬉しいことを言われているわけでもない。
何でだろう、と声を聞きながら考えて、気付く。

「お忙しいところ、本当にありがとうございます~!」

軽やかで明るい声で、何度も感謝の気持ちを伝えてくれていた。

実際にAさんが、心の中で何を思いながら話していたかは分からない。
ただ、電話先では嬉しそうな、明るい「ありがとう」を、飽きるほど繰り返し言っていた。そして言われるたび、ポカポカと胸が温かくなる。

それに比べて、私の電話対応はどうだったか。


声は暗く、ぼそぼそ。早く終わらせろっていう声色が、乗っていなかっただろうか?
相手の時間を、当たり前だと思っていなかっただろうか?感謝の気持ちを伝えていただろうか?

そりゃ、相手もきつくなるわ。と、私は一人反省した。

とぅるるるるる

着信。液晶画面には、苦手なあの人。
ただ、今の私は違う。

通話ボタンをタップする前に、口角をにこりとあげた。

「お電話ありがとうございます!」

意識的に声色を明るく、そして「ありがとう」をたくさん言ってみた。
するとどうだろうか。相手の声も、明るく、上機嫌ではないか。

「お話できて良かったです!今後ともよろしくお願いしますね」

なんて、一度も聞いたことがないような返答まで、耳元に届いてきた。
電話で良かった。多分そのときの私は、狐につままれたような顔をしていたから。

自分が変われば、相手も変わる。
電話を苦手にさせていたのは、私自身だったのだ。

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